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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)45号 判決 1975年8月28日

原告

株式会社梅新ビルヂング

右代表者

中谷孫一

右訴訟代理人

佐川浩

被告

渋谷税務署長

右指定代理人

野崎悦宏

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

被告が昭和四六年八月三一日原告の昭和四四年七月一日から昭和四五年六月三〇日までの事業年度の法人税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文同旨の判決

第二  原告の請求原因

一、原告の昭和四四年七月一日から昭和四五年六月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、原告が大阪国税局管内北税務署長に対してした確定申告及び修正申告、これに対する被告の更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)の経緯は、別表記載のとおりである。

二、しかし、本件更正は後記第四の二の理由によつて違法であり、したがつて、これを前提としてされた本件決定も違法である。

よつて、本件更正及び本件決定の取消しを求める。

第三  請求原因に対する被告の認否及び主張

一、請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。同二の主張は争う。

二、被告の主張

1  原告は、本件事業年度において、大阪市北区真砂町所在の原告所有の土地建物を都市計画事業施行のため土地収用法に基づいて大阪市に収用され、右土地建物の対価補償金等を受領した。そして、原告は、本件事業年度中に右補償金の一部で東京都渋谷区東四丁目四番九号所在の土地(以下「本件土地」という。)を代替資産として取得し、その取得に際し、不動産仲介業者に対し、本件土地の仲介手数料(以下「本件仲介手数料」という。)として四、四六四、〇〇〇円を支払つた。

2  原告は、本件土地について租税特別措置法六四条の規定による固定資産圧縮記帳損失として一四二、七三六、三四〇円を、また、同法六四条の二所定の期間内に前記補償金の残額をもつて代替資産を取得する見込みであるとして、同条の特別勘定繰入として一〇五、四〇〇、三三四円を決算書に計上し、修正申告に際しては、右各金額の合計額から原告の計算に係る圧縮限度超過額及び特別勘定繰入限度超過額の合計四、六四八、七九八円を控除した残額を損金に算入したほか、本件仲介手数料四、四六四、〇〇〇円についても本件土地の取得価額に算入せずに損金として計上した。

3  しかしながら、次項において述べるとおり、本件仲介手数料は本件土地の取得価額に算入すべきであり、損金に算入すべきではない。そこで、被告は、右仲介手数料の損金算入を否認し、当該金額を本件土地の取得価額に算入したうえ、右算入後の取得価額を基礎に本件土地に係る圧縮限度額及び特別勘定繰入限度額を再計算したところ、原告の計算に係る前記圧縮限度超過額及び特別勘定繰入限度超過額の他に、さらに、圧縮限度超過額一九六、六一四円特別勘定繰入限度超過額四、二六七、三八六円合計四、四六四、〇〇〇円が算出されたので、これを原告の修正申告に係る欠損金額に加算して本件更正をしたものである。

4  本件仲介手数料が本件土地の取得価額に含まれるべきことは、以下に述べるとおりである。

(一) 損金の額の計算に関して法人税法施行令五四条は、減価償却資産の取得価額に含まれる費用をその取得の態様に応じて個別的に規定しているが、非減価償却資産の取得価額についても右規定に準じて解釈すべきところ、本件仲介手数料は、同条一項一号の規定する「当該資産の購入の代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)」に当たることは明らかであるから、本件土地の取得価額を構成するというべきである。

(二) 一般に公正妥当な会計処理の基準を要約したものと考えられる企業会計原則に関し、大蔵省企業会計審議会報告に係る「企業会計原則と関係諸法令との調整に関する意見書」の「連続意見第三、有形固定資産の減価償却について」によると、固定資産の取得価額には直接の対価のみでなく買入手数料等取得に要した付随費用をも含めるべきであるとされており、非減価償却資産について特に別異に取り扱われなければならない理由はないから、土地の取得に際し支払われた仲介手数料は、企業会計原則上土地の取得価額を構成するというべきである。そして、このような企業会計原則上の取扱い等を考慮すれば、本件仲介手数料を本件土地の取得価額に含めるのが、一般に公正妥当な会計処理の基準に合致するといえる。したがつて、法人税法二二条の解釈も本件仲介手数料を本件事業年度の損金に算入すべきものではない。

第四  被告の主張第三の二に対する原告の認否及び反論

一、被告の主張第三の二に対する認否

被告主張第三の二の1及び2の事実は認める。

同3の事実については、被告がその主張の加算を行つて本件更正をしたこと及び本件仲介手数料が本件土地の取得価額に算入されるべきものとした場合、原告の修正申告に係る欠損金に加算すべき金額が被告主張のとおりであることは認め、その余の点は争う。

同4の主張は争う。

二、原告の反論

本件更正は、本件仲介手数料が本件土地の取得価額に含まれるべきものであるとしてされた点において違法である。

1  本件仲介手数料が本件土地の取得価額に含まれるべきものであるとする法的根拠はない。

(一) 法人税法施行令五四条の規定は、減価償却資産に関する規定であるところ、減価償却資産と非減価償却資産とは、前者が使用年数によつて物理的に消耗し、付随費用を伴わなければ企業体の一部としてその効果を発揮することができないのに対し、後者は年の経過によつて消耗することなく、付随費用を伴わずそのままの状態で効用を発揮する等の点において相違している。したがつて、同施行令が非減価償却資産について右のような規定を置かなかつたのは、両者を異別に取り扱うという趣旨に出たものであるから、右規定は非減価償却資産には類推適用されない。

(二) 企業会計原則は、制定法でもないからこれに準拠すべきではないし、企業会計原則も修正され得るものであるから、これから直ちに法人税法二二条四項の規定する「一般に公正妥当な会計処理の基準」を導くことができないことはいうまでもなく、また、企業会計原則自体においても、土地の取得に要した仲介手数料がその取得価額に含まれるべきかどうかは明らかではないのである。

また、仮に、仲介手数料を土地の取得価額に含めるのが公正妥当な会計慣行であるとしても、そのことから直ちに仲介手数料を支出時の損金とすることが公正妥当を欠く会計処理であるということにはならず、法人税法は右のいずれの会計処理の方法によるかを各法人の選択に委ねているものと解すべきである。

2  客観的、実体的にみて本件土地の取得のため支払われた本件仲介手数料が本件土地の価値そのものの中に含まれるとは到底いえない。なぜなら、本件仲介手数料が本件土地の価値に含まれると解すると、ある不動産の客観的価値は仲介手数料を支払つたことの有無によつて異なることとなつて、不合理であるからである。

3  本件仲介手数料は前記対価補償金から支出されたものではなく、それとは別の経費補償金から支出されたものであるから、損金と認められるべきである。

第五  原告の反論第四の二の2及び3に対する被告の再反論

1  被告のいう土地の「取得価額」とは資産の評価概念であつて、企業会計における貸借対照表価額を意味し、それは、土地を取得するに要した一切の費用、すなわち、取得原価によつて表わされる。したがつて、土地の「取引価額」を前提とする原告の主張は失当である。

2  固定資産の取得に際し支出された費用が固定資産の取得価額を構成するか否かは、その費用の支払いに当てられた資金の性質とは関係がなく、専らその取得に要したか否かによつて決定されるべきであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

理由

一原告の請求原因一の事実、被告の主張第三の二の1及び2の事実、同3の事実のうち、被告がその主張の加算を行つて本件更正をしたこと及び本件仲介手数料が本件土地の取得価額に算入されるべきものとした場合、原告の修正申告に係る欠損金額に加算すべき金額が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二そこで、本件仲介手数料が本件土地の取得価額に算入されるべきものか否かについて検討する。

1  土地の取得に際して支出した仲介手数料が当該土地の取得額を構成するか、あるいは支出した事業年度の損金に算入されるべきかについて、法人税法上明文の規定はないが、同法は、法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき原価、費用及び損失の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるべきことを規定している(同法二二条三項、四項)から、右の問題も一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従い解釈すべきである。

ところで、一般に公正妥当な会計処理の基準を要約したものと認められる企業会計原則(第三の五)によれば、貸借対照表に記載する資産の価額は、原則として、当該資産の取得原価を基礎として計上しなければならないこととし、有形固定資産の取得原価には、原則として、当該資産の引取費用等の付随費用を含めることとされている。

法人税法施行令五四条一項が固定資産のうち減価償却資産の取得価額の範囲について定めているのも、右の会計慣行を明文をもつて規定したにすぎないものと解せられる。そして同施行令は、土地等の非減価償却資産の取得価額の範囲について規定していないが右の公正妥当な会計慣行を斟酌すれば、非減価償却資産の取得価額についても、減価償却資産の取得価額に関する右の規定を類推適用するのが相当である。

本件土地は購入により取得されたものであるから、同条一項一号を類推適用すると、その取得価額の範囲は当該資産の購入の代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)と当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額の合計額ということになり、したがつて、本件仲介手数料は、本件土地の取得額に含まれると解すべきである。

2  原告は、土地等の非減価償却資産は減価償却資産とはその性質等において全く異つており、同施行令が後者の取得価額についてのみ規定を設け、前者の取得価額についてなんらの規定も設けなかつたのは、両者を異別に取り扱う趣旨と考えるべきであるから、同条は非減価償却資産には類推適用されるべきでないと主張する。

しかしながら、同施行令が減価償却資産について特にこのような規定を設けた趣旨は、減価償却資産にあつては、取得価額の決定が減価償却費を算定するうえで重要な意味を持つことから、その取得価額の範囲を確認的に明らかにする必要があるからである。そして、非減価償却資産は、その性質等において減価償却資産と異なる点があるとしても、その取得価額の範囲について減価償却資産に関する同条の規定と異別に解さなければならない理由はなんら見当たらない(なお、商法三四条二号の解釈上も、「固定資産」には非減価償却資産を含むこと及び「取得価額」には購入手数料等の付随費用を含むことは当然である。)。したがつて、非減価償却資産について同条の規定を類推適用できないとする原告の右主張は採用できない。

3  次に、原告は、法人税法によれば、土地の取得に要した仲介手数料を土地の取得価額に含めるかどうかは、法人の選択に委ねられていると主張する。

しかしながら、同法施行令五四条の規定が土地等の非減価償却資産について類推適用されるべきことは前述したとおりであり、同条は、資産の取得に要した仲介手数料についてこれを一律に資産の取得価額を構成するものとしているというべきであるから、土地の取得に要した仲介手数料を土地の取得価額に含めるかどうかの選択を認めているかどうかの選択を認めていると解することはできない。よつて、原告の右主張は理由がない。

4  原告は、客観的、実体的にみて本件仲介手数料が本件土地の価額そのものの中に含まれるとは到底いえないと主張する。

しかしながら、本件で問題となつている土地の「取得価額」とは、貸借単照表に記載すべき価額を意味し、それは、公正妥当な会計処理の基準によれば、土地の取得に要した費用、すなわち、取得価額によつて表わされるものであつて、いわゆる土地の「取引価額」とは異なるものである。したがつて、土地の「取引価額」を前提とする原告の右主張は理由がない。

5  原告は、本件仲介手数料は経費補償金から支出されたものであるから、支出時の損金と認められるべきであると主張する。

しかしながら、本件仲介手数料が本件土地の取得価額を構成するか否かということは、本件仲介手数料がいかなる性質の資金から支払われたかとは全く関係がないから、原告の右主張自体失当である。

6  そうすると、本件仲介手数料が本件土地の取得価額を構成するものとしてされた本件更正に違法はないといわなければならない。

三以上によれば、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 時岡泰 青柳馨)

<別表略>

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